どもー。
デスカイザーです。

コミケに行っていたのに企業ブースで発表された新情報を1つも把握していない疑惑アリ!
……調べます…。



今日のラノベ!

その10文字を、僕は忘れない

ダッシュエックス文庫より
『その10文字を、僕は忘れない』です。


【あらすじ】

宮崎菫は一日に10文字しかしゃべれない。それ以上は声にならないのだ。スケッチブックで会話をする彼女は教室で浮いた存在だった。けれど不器用でも懸命に対話しようとする姿と、誰よりも純粋な心に、俺は惹かれていった。図書館で勉強を教えてくれた時、横顔が気になって勉強どころじゃなかった。プールで見た水着が可愛すぎて、息が止まるかと思った。初めてケンカをして、初めて仲直りのキスをした―。「ありがとう」も、「ごめんなさい」も、「嬉しい」も、「大好き」も。大切なことは10文字でみんな伝えられるって、そう思ってた。でも、菫が背負う過去の痛みも、菫の隣にいることの意味も、俺はわかっていなかったんだ―。


感想:★★★★★

表紙・タイトルから受ける「切ない系ラブコメ」という印象を裏切らない、けど予想は超えていく作品でした。



精神的ショックから声を失ってしまうという作品はよくありますし現実にも起こりうることですが、この作品のヒロイン・菫は「1日に10文字しか喋れない」という症状で、しかもその10文字も周りに親しい人しかいない時にしか喋れないというもの。

やっぱりこの作品の最大の良さは、その「10文字」という制限にあると思います。

・普段は筆談であるからこそ、会話のテンポの差がそのまま物語の緩急を示す。
・限られた文字数しか喋れないからこそ、口にするときの重要度が伝わる。
・制限を使い切った後どうしても喋れない時の絶望感が生まれる。


”0”でも”100”でもない、”10”だからこそ起こる効果が遺憾無く詰め込まれていました。



ストーリーは、トラウマを抱え周りとの距離を作る菫と主人公・蒼とのもどかしい距離感を描く……のかと思いきや、とある人物の一言により徐々に雲行きが怪しくなり…、というもの。

上述のとおり10文字という制限、筆談という制限のなかで心情を伝える菫の存在がある一方で、蒼と菫の関係を変えるきっかけとなったのが言葉である、というのがなんとも言えない皮肉さを醸し出していますね…。
今思えば菫の保護者代わりをしている小花衣先生が普段からその人のことを愚痴っていたのも伏線だったんですかね?
10文字以上の発言であったのもまた皮肉です…。



あとですね。
菫のことを蒼が「宮崎(菫の苗字)の中には、自分が存在していない」(123p)と評する場面があるんですが、これがまた面白い。


というのも、自分が存在していないと評したおそらく「”自分が存在している”蒼」の菫への気持ちは、周囲の後押しで気づき、心無い一言で簡単に崩れ、そして全てを見透かした一言で救われ…。

それは果たして”自分が存在している”と言えるんでしょうか?


「考え、悩み、意見を持つこと」という意味では”自分が存在している”と言えるのかもしれませんが、その場合菫にも”自分が存在している”わけで。
なぜなら「相手の意見を受け入れる」という行為に至る過程に自我が入っているから。
プログラムみたいに最初からそういう存在であったわけでは無い以上、「相手の意見を受け入れる」という意見は認められて然るべきです。


さて、ここでちょっとした矛盾が生まれてきました。
蒼のことを”自分が存在している”とするならば、菫のことも”自分が存在している”としなければ辻褄が合わなくなります。
もしくは蒼も菫も”自分が存在していない”とするか。


私のしょうもない頭ではこのあたりで議論が煮詰まってしまったのですが、どちらにせよ言えるのは、何気ない一言が相手の人生を変えてしまうかもしれない、という事。
菫から言葉を奪ったのも、蒼から自分を奪い去ったのも、言葉でした。
でも、菫と蒼の心が通じ合ったのも、菫が蒼に誓ったのも、また言葉でした。


言葉にも裏と表がある。
それをどう使うかは使い手しだい、と。


そんな感じのまとめで終わりとしましょう。




っとその前にひとつだけ。
テーマや内容は重い部分があるけど、一人称の地の文は日常パートで軽快に、シリアスパートでは対照的に重さを増すものとしてうまく働いていたとも思います。
これだからラノベ読むのはやめられない



以上!

その10文字を、僕は忘れない (ダッシュエックス文庫)
持崎 湯葉
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