どもー。
デスカイザーです。


今日はもう先に言いますが、昨日(8/26)公開の映画『君の名は。』と、その原作小説の感想です!


予告を最初に映画館で見た時は見る気ゼロだったんですが、何回も予告を見ていくうちに世界観に引き込まれ。
公開日の朝(つまりこの更新の前日)、寝起き3分でチケットをネット予約。
その劇場での2回目の上映の回で見てきたのですが……!


ということで、今日のラノベ!
(私個人としてはこの作品も広義のラノベであります)

君の名は。

角川文庫より
『君の名は。』です。


【あらすじ】

山深い田舎町に暮らす女子高校生・三葉は、自分が男の子になる夢を見る。見慣れない部屋、見知らぬ友人、目の前に広がるのは東京の街並み。一方、東京で暮らす男子高校生・瀧も、山奥の町で自分が女子高校生になる夢を見る。やがて二人は夢の中で入れ替わっていることに気づくが―。出会うことのない二人の出逢いから、運命の歯車が動き出す。長編アニメーション『君の名は。』の、新海誠監督みずから執筆した原作小説。


感想:★★★★★


小説の感想ベースに、映画の感想も絡めていきたいと思います。

そして、
トップにも注意書きがありますが、改めて。



ネタバレ要素を
 多く含むので注意してください!





では。




素晴らしかったです。

とても。

正直書き始めてはいるんですが、今も本を捲るだけで感じる胸を締め付けるような感覚を、どう言葉に落とし込んだらいいか悩んでいます…(笑)
練りこまれたストーリー、随所に散りばめられた伏線とその回収精度、作品を彩る音楽、感情表現の豊かさ…….



……とりあえず最初から順に行ってみますか。


第一章、わずか4p。
この4pで、引き込まれました。

男主人公・瀧くんと、女主人公・三葉が交互に「漠然とだれかを探している」日常を語る。

それだけで、この物語が安易なTRUE ENDで終わらないものだと教えてくれるっていうのと、お互いに”探し続けている”ということそのものがこの物語の本質なんだという気づき、あとは…いきなりでかいネタバレぶちかましますが「瀧くんと三葉が同じ時間軸で生きている」というミスリードでもあります。

さらにさらに割と後半、157pで三葉のお婆ちゃんが「昔自分にもそういうことがあったが、もう今じゃほとんど何も覚えていない」という意味の発言をした時にこの第一章のことを思い出した時の絶望感たるや…。

これは映画では感じなかった部分、小説だからこその感覚だったと思います。





そして第二章、第三章が”予告どおり”男女入れ替わりもののストーリー。

ここはある意味オーソドックスというか、ラノベ慣れしてるとむしろ物足りないくらいの流れだったかも?
ただ、それを補って余りある感情表現と空間表現のリアリティーが…もうすごいとしか言えないです。
なんでだろう…?

やっぱり地の文の力かな…?
私がこの作品をラノベに分類した理由のひとつが、まさしくこの地の文にあります。
一人称で、話し言葉で、心のままに飾らない。
それは”人”を映し取るラノベの最大の強みであると思っています。

で、この作品における地の文はというと…もう叫ぶわなまるわですごく生き生きしてるんですよ!
そしてそれがまた映画になると「動き」の中に反映されているわけで。


小説も映画も、このあたりのシーンはイレギュラーの中にいる2人が驚きつつも楽しく生きているという姿をいかに表現できるかというのが勝負。
その勝負を決定づけているのが、小説で言うところの82~83p。
映画予告でも特に印象的な三葉の「男子の視線、スカート注意、人生の基本でしょう!?」も含まれるシーンで、三葉と瀧くんがお互いに入れ替わる時の注意点を挙げたり罵りあったりするシーン。

小説のほうでは文章と矢印を効果的に使うことで読み手に読むリズムをわざと付けさせて笑いを取る手法、映画のほうではRADWINPSの「前前前世」の疾走感が二人の掛け合いを加速させていて、どちらもここぞとばかりに盛り上がりました!


……全力で持ち上げ、全力で叩き落とす構えですよ怖い…



はい、ということで第四章以降は、入れ替わりが急になくなった瀧くんが三葉に会いに行こうとして、真実に迫っていくパートです。

探して、見失って、気づいて、知って、絶望して、希望を見つけて、もがいて…。

多分読後、鑑賞後の今胸を締め付けれているのは、ここでの瀧くんの苦しみがひとつの原因だと思います。
物理的な距離という三次元的な距離、三年という月日が生む四次元的な距離、そして三年前の彗星が降った日に彼女の時間が止まっていたという…概念的にここは生死の壁を五次元的な距離としておきましょうか。

奇跡のような出会いであると同時に、絶望的な距離。

その距離を超えることができたのは、この作品のキーワードの1つであるムスビのおかげでした。
このムスビが思っていた以上に深いみたいで、考えれば考えるほど瀧くんと三葉のムスビが見えてくるんですよね。
口噛み酒を通じたムスビ、組紐が繋いだムスビ、体の中に残った片割れの記憶というムスビ。

そして、そのムスビの中でも、おそらく一番大きなものってやっぱり「名前」だと思います。
作品内では語られていないけど、神や悪魔といわれる人外の存在との繋がりの第一歩が名前を呼ぶことというのはよく耳にしますが、それがまさしくムスビといわれるものなんじゃないかと。
だから、後半で瀧くんが三葉の名前を忘れてしまったことを恐れたのは、その事実だけでなく本能的にムスビがなくなってしまうことを恐れたからなんじゃないかなぁ、と思っています。
それを踏まえた上で、予告にもあった瀧くんのこのセリフをどうぞ!


「大事な人、忘れちゃだめな人、忘れたくなかった人!」


うっ……(つд⊂)



そしてそして。
「三葉の中に入った瀧くん」ではなく「三葉」が自ら父を説得することで、彗星落下による未曾有の被害を最小限にとどめることに成功、同時に三葉の死という運命も変えることができ。
冒頭、お互いに漠然とだれかを探す日々の中、並行して走る電車の窓越しにお互いを見つけ、涙涙のGOOD END!


長い長い解説混じりのあらすじみたいになりましたね…。
でもまだまだ書きたいことはたくさんある!
ので!
……まだまだ続きます



あとがきでも、パンフレットでも重ねて言及しているとおり、この作品を語る上で絶対に外せないのはRADWINPSの奏でる音楽たち。
音楽を聴くだけで作品を思い出して泣きそうになるという経験は、この作品以外だと2作品ですかね。

KAエスマ文庫の『響け!ユーフォニアム』の「DREAM SOLISTER」。
成年向けPCゲーム『Chusingura46+1』の「dearest sword,dearest wish」。

この2タイトルはいずれもOPなんですが、「君の名は。」の場合はテーマソングを聴いても劇中歌を聴いても来るものがあります…。

それは多分、音楽を前提としたシーンづくりになっているからだと思います。
脚本を参考に作った音楽を優先したシーンというなかなかエキセントリックな状態なんですが、あぁもうつまり何が言いたいかって「前前前世」の「ぜん」を聞いただけで瞬間的にバスケ三葉のお腹を思い出した後に瀧くんに「私の胸触ったやろ!?変態!」と詰め寄るシーンを思い出して”カタワレ時”が終わった瞬間のペンがカツンと落ちる音を思い出して胸が締め付けられるんだよこんちくしょう!!

あと何といっても「スパークル」って曲。
歌詞が恐ろしいまでに心を打つの。

運命だとか未来とかって 言葉がどれだけ手を
伸ばそうと届かない 場所で僕ら恋をする
時計の針も二人を 横目に見ながら進む
そんな世界を二人で 一生 いや、何章でも
生き抜いていこう



まさにこの作品の全てがここに凝縮されています。
今この歌詞を打ち込んだだけでちょっと涙腺が怪しいですタスケテ



あとは作品を見終わった後に一瞬疑問に思ったことと、それに対する自分なりの回答を。


Q1.「駄菓子しか買えん」全財産だった三葉がなぜ東京に唐突に行けたのか?
A1.よく考えたら東京行ったから全財産が「駄菓子しか買えん」(byサヤちん)くらいしか残っていなかった。



Q2.三葉が瀧くんと最初に入れ替わった時、カフェのメニュー表にある1600円のパンケーキを見て「これで1ヶ月は生きていける」と言っていたが、なぜ東京に行くほどのお金を持っていたのか。
A2.普段から節約家だったというセリフかモノローグかがあったはず(それに対して瀧くんが「なのにあいつは俺の金で…」みたいなことを)。
さらに田舎の神社という家柄上、まぁまぁお金はある家庭だった…?
そして食費に関して言えば地形上もともと閉鎖的な土地柄であったと推測されるため、町の外から買い付けることは少なかったのではないか?覚えている限りではあるが宮水家の朝食に並んでいたのはごはん、味噌汁、焼き鮭、葉物のサラダだったが、このうち米、野菜は確実に地産地消できるだけの生産力はあったであろうから食費は市場均衡価格よりも低い価格で取引されていたと考えられ、さらに肉・魚等もこのような地域の場合固定のルートで仕入れると考えられるため(搬入コストの上乗せが少々気になるが)基本的にいわゆる「お得意様価格」で糸守町に入ってきていたと推測できる。よって、1食あたり50円という数値も(やや具体性に欠ける憶測が重なるが)十分可能な金額であると思われる。

……途中から頭が経済学だった




Q3.人口1500人の町で、(少なくとも)小学校と高校が別の建物ってのはおかしくない?
A3.高校は少なくともバスケを男女別に2チーム作れるだけの人数がいたから最低20人。これが1学年の人数だと仮定、さらに18歳以下の年齢が同じ人数で存在していたとすると360人。人口の24%が18歳以下という計算に。内閣府「子ども・若者白書」(平成26年)によると全人口1億2708万3千人に対して19歳未満人口が2223万8千人なので割合としては17.4%となる。
今のご時世でこれだけ子どもが多いというのは珍しいと思われ、この町が限界集落と呼ばれるようになるまで最低でも40~50年ほどの猶予があった。(ただし彗星の落下により町は消滅)

また、小説版の三葉のセリフによると、三葉(17歳)と四葉(9歳)を含んだ宴会場の平均年齢が78歳、二人が抜けた後の宴会場の平均年齢が91歳である。
このとき、宴会場のおじさんとおばさんの合計数をXとおくと、

91×X+26=78×(X+2)
91X-78X=156-26
13X=130
X=10

という解が得られる。
子どもだけでなくお年寄りも元気な町である。


……たぶん宴会場のおじさんおばさんの人数を求めたのは俺くらいじゃないかなぁ…。




Q4.三葉が瀧くんと最初に入れ替わった時、やけにスマホのフリック入力とか絵文字とか顔文字の入力に慣れてたけど…
A4.たしか変電所爆発させる時に三葉がサヤちんに連絡していたのはガラケーだった。けど、サヤちんのほうは未確認。また、イマドキ小学生な四葉を始め周囲の人間がスマホを使用していた可能性あり。それにしても早かった気がしなくもないけど…。



Q5.高山ラーメンのオヤジ、三葉のお父さんじゃなかった?
A5.三葉母を失った三葉父が、糸守の町長をしている間に三葉母の育った糸守の地を愛するようになり、だからこそ彗星で尽くが失われたとしても遠く離れることはできず、近くの土地で糸守への想いを燻らせつつ地元の特産ラーメンを作っていた説。
そして「ええもんだった」と評せるだけのものをもった糸守のイラストを描く瀧を全力でバックアップした説。
要確認だけど、果たして…



Q6.ズバリ映画と小説の違いは?
A6.小説のあとがきでも新海誠先生自らおっしゃられているけど、小説は一人称、映画は三人称。
映画では語られない瀧くんや三葉の想いやその他主観で語られる解説(例えばラーメン屋のオヤジが車を出してくれたのは早朝で瀧くんが申し訳なさを思いつつありがたく感じてるのは小説だけで描かれている)もあるし、逆に瀧くんや三葉がいない場所でのシーン(例えば奉納祭が行われている神社を眺めながらテッシーが呟く「たまらんなぁ、お互い」というセリフは映画のみで語られる)もある。
どちらが良いということも、どちらを先に読む/見るべきとも言えない。
言えるとしたら、最終的には両方の世界を、さらにはRADWINPSを含めた3つの媒体から感じ取ってほしい。



Q7.隠し要素ですごいと思った部分
A7.パンフレットに載っていたんだけど、三葉が瀧くん(中学生)に渡して瀧くんがお守りがわりにつけてた組紐が、巻くと糸守の町の図面になるっていうやつ。こだわり半端ないと思った瞬間。


Q.A8.「「あと三葉in瀧くんが揉んだ時のおっぱいの動きが素晴らしいとだけお伝えしたい」」






……過去最長の感想になりましたねー…。
2時間以上書いてるんですけど、それでも横に置いてる小説「君の名は。」の表紙を見るとまだまだ書きたいことが溢れてくるような、書かなきゃいけないことがあるような、そんな気がしてきます。
彗星と宮水の伝承が!とか、あのイタリアンレストランどこだ!とか。
……伝承のほうはマジで書かなきゃいけないやつな気がする…。


するけどさすがにもうやめておきましょ……

なぜなら…まだスニーカー文庫版『君の名は。』の感想を書く機会があるからであるっ!

裏ストーリーというか、三葉の掘り下げらしいので映画見た方はぜひそちらもお手に取ってみてはどうでしょうか!






人生という有限の時間の中で、こうした素晴らしい作品に出会えたことに感謝です。
そして願わくば、私にも瀧くんや三葉のように「大事な人、忘れちゃだめな人、忘れたくなかった人!」と言い合えるような人と出会えますように。


……あれ最後恥ずかs




以上!

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